アストロシャーマン・コダマ凛

占いとサトルボディへのヒーリングをして生業にしています。人生のよいタイミングをいかし、柔軟、タフに生きること。からだとこころ、霊なる自己をいきること。
魂が私たちのハートに情熱の炎を灯し、松明となり宇宙に発する光となります。
空には星、大地には情熱の炎が光となり、星の光とダンスしています。

記事一覧(18)

アニマルメディスン:馬

2011年3月18日のブログより震災から一週間ぐらい経ってのブログですね。まだまだ辛く思い時期でしたよね。 馬であり続けることはなんと難しい事なんだろう。馬であることを厭わない人でありたい。 本日は馬です。その前にイタチがころんころん。イタチのメディスンは現実を見据える力です。疑いの霧、惑わすものを見据えなさい。そして馬ちゃんです。このカードをみて、あ~自衛隊の方や命かけて救助されている方援助に関わってくださっている方を思ったりもする。そしてそれを見守り祈る私たちも私たちなりに走っている。分け合うこと、いたわり合う気持ちを大事に。そして、現実を見据えて生きていよう。メディスンカードの本より抜粋馬は現実的パワーと超現実的なパワーを意味する。文明化の始まりは馬を飼いならし、その背に乗って遠いところや重い荷を運ぶことで私たちは地を這う生き物から、人間の自己概念、私たちはスーパーな存在で地を這わず、便利でなんでも出来る存在という自己概念を持った。馬は知恵を体現する、パワーは誰彼に与えられるものでなく、必要のために旅立ちものに長い旅の経験に与えられる。バランスのとれたやり方で責任を引き受ける意志あるものに、報いとして与えられる。略「他人のモカシンをはいて(他人の立場に立って)歩いた道を思い返す。慈しみ、いたわり、教え、愛、才能、能力、ギフトを分け合う心が大切。以上これから復興には時間を要し、今までの世界への執着を手放すことも必要だし新しい価値を認めるまでには時間がかかるでしょう。皆が馬になって走る。何故、馬は走るのか。出来るだけ早くにあの人に何かを届けたい。その気持ちを行動に移したかったから。反対に馬を飼いならしたことにより、自分の中にある優しさに気付いたのかもしれません。文明化は進みすぎたのかも。何故、そうしたのかな。何故、光が欲しくていつも明るい環境を欲したのか、馬から車を欲したのか。「他人のモカシンをはいて(他人の立場に立って)歩く道は長いでしょう。しかし、それは今までだって一緒だったはず。慈しみ、いたわり、教え、愛、才能、能力、ギフトを分け合う心を忘れないように。できることから、一日を大事にして過ごそう。馬に乗るということは少し特別な行為なんですね。 瞑想をしていて自分が馬に乗り始めた時に現実は変わりました。タロットカードのコートカードでナイトという馬にのる元素四兄弟がいるのですがまさにこの馬に乗るということ、ページのカードの歩いている小姓さんとの違いを実感しました。 西洋では馬に乗り、自分の愛馬があるって特別感がありますよね。日本でも時代劇で白い馬っていうのもとても特別感がありました。 

守護動物に導かれていること。

昨日はアニマルメディスンカード講座でした。アニマルメディスン1回目は守護動物と会うワークをいたします。これはアニマルメディ吸うんカード講座ですが、まずは動物王国と親しむ時間です。ご自分が気づかないけれど、いつも守護してくれる動物と出会います。瞑想によってその動物たちがいるアンダーワールドに行き、絆を深める出会いを体験していただきます。今日もなかなか面白くその方らしいメディスン、ルーツへの回帰が、促されていくような出会いをされていました。 今回は私も体験しました。 始まりからはやぶさのような頭を被った戦士があらわれてなにやらマグマがグツグツ燃える火山口を挟んで縁の半分からそれぞれが登り戦いながら戦士が二人のぼってく。戦うと行っても弓矢を相手に射るの、相手に当たれば相手は火山口に落ちていく。 しかし、戦い勝ち進み勇者、王となってもそのものは火山口のてっぺんから落ちねばならない。やはり供儀として捧げものにならないといけない。 だから死はそこにあり、未来を見つめながらも未来はもうその戦いに参加した限り見えている。 がそのプロセスの中で祈りながら、向かいあう。 死の入り口を知らぬとして祝祭の役割を行う。 この戦士は私であり、すべてのもの。 最後には影は同じく等しくなるというように終わりました。 受講生さんの体験も面白かった。 面白いことに勇者の動物。 王なる動物、わかられますよね。 楽しかった。 そして別にアニマルメディスンを読み解くためのワークをいたしましたよ。 

愛とは何か?

今日から、あることに取り組んでみようと思っておりますので、目についたものや文をのべつ幕無しでアップしてみたいと思います。(本当か?出来るかな?) 愛は忍耐強い。愛は情深い。愛は自慢せず、高ぶらない、礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。                 コリントの信徒の手紙 (13:4-8)だそうです。 基本、耐えるということが基本姿勢のようでもある。 この一年ぐらい罪悪感に対して考えることがあって、人が抱く罪悪感って何だろうかと思う訳です。 ある意味、上記のような言葉があるからこそ罪を感じるってことも言えるのでそれを含めて気を付けねばなりません。(そこか!!)しかし、だからこそとてつもない美しいものに向かう気持ちも持てるものです。 私は2008年からの流れは支配からその卒業。宇宙人にインプラントされているみたいですよ。うぷぷ。幼年期の終わりと考えているので手放しで喜ばず、責めずにしっかりと自分の言葉になること、身体にしっくりくることを大事にしていきたいものですね。  今気になる本。沢山本が溜まっていていつ読めるかなですが。本屋さんに行くとこの政治状況もあるし、戦後70年(平和民主70年とか言ってカウントしていきたいところ)ということで文庫なども戦争をテーマに扱ったものが多いですね。

天使性の発現のコツは肩の荷を下ろすこと。

暑いですね。コダマ凛です。一週間ばかしブログがお休みになっておりましたがまたぼちぼち更新をしてまいりますのでよろしくお願いします。 この一週間ばかし籠ってお勉強をしておったのです。少し秘教的なお勉強をじっくりと学んでみようと思っって今年にはいり取り組んでおります。この10年ばかし、クリスタルやアロマ、タロットなどをじっくりと勉強を重ね、セッションをしてきたことがその勉強にあり、ちゃんと私はその道をさし示されてきたことは信頼に足ること、ちゃんと世界レベルでその体験を講座の中でもお伝えできてきたのかなと思えました。もちろんその真実と思えることがどれだけの真実かはわからないかもしれない。しかし、それに取り組んでいる人たちがいてその方たちに信頼できるということでは信頼に足るのではと思ったのです。  見えない世界の真実はどこからみても同じ、皆に可能性は開かれている。 自分自身の信じる力、要素を育てていくことはやはり大事。そこだけが結果を恐れずに足を前に出していける。 学びは実践あるのみ。私自身、クライエントの方々から教えられてきたと思っていますし、その見えない世界の学びを共にさせて頂いてきたと思っています。皆が深遠な魂の広がりがある。当たり前ですね。しかし、この三次元ではその魂の質とは違う境遇であったりもすることも事実なんですよね。 どのような境遇、状況であっても見えない世界の真理はこの隣に開かれていてどこかの山のてっぺんに行かずともここを霊なる世界として歩むこと。 なんだかこんな話になってしまったな。そんな夜か? 表題の肩甲骨は天使の羽の痕跡といわれていて首、肩が緩まると天使の羽が拡がるビジョンを見やすいです。ハートを開いて、リラックスして暮らすことはあなたの天使性を発揮する力を蓄えていきますよ。          

不動宮のハードアスペクトが語り掛けるもの。

晩夏、秋、冬と今年の後半から柔軟宮が活発化していきます。柔軟宮は、双子座、乙女座、射手座、魚座というサイン(星座)です。乙女座に木星がはいるのは八月。木星が12年に一度の幸運をもたらすとは木星が1年ずつサインを渡っていくから。乙女座の方に幸運をもたらすのですね。乙女座と同じ土サインの牡牛座、山羊座にもよいお計らいがあることでしょう。 そして2016年、来年には射手座に土星で乙女座木星とで90度形成。 この1年は固定宮、蠍座と獅子座で起こっていました。 そして7月真ん中で蠍座と獅子座に星が集まったこの新月あたりは月、金星、木星と女性天体と社会の働きを表す木星が重なっていました。 どちらかというと思い付きで動いた祭が土星から突っ込まれているようでもあります。 私はしみじみと身体の老い、というか好き勝手やっていた生活、健康に対する取り組みをしっかりと生と死、一体化を表す蠍座の土星から突っ込まれて厳しかったというような状況です。身体は私のものだという一体化ですね。健康な時は案外と忘れています。この身体が好きかもねとも思った時期でもあります。 もともと月も太陽も不動宮にあるので不動宮に星がくると身体にきますね。 数年前の獅子座に土星がいた時は、無理をしていたので乱視になりました。 星がそうさせるのでなく。結局は日々の取組み、生活態度なので星のせいではないですよ。しかし傾向はあらわされているのだから見直して取り組まないといけないな。